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遠江先生の試合風景 1998年 オーストラリア大会 男子軽量級準決勝 シェーン・パート戦
遠江 大 (トウエ ススム)
1971年(昭和46年)2月3日生まれ
大阪府豊中市出身
1990年(平成2年)3月 極真会館 大阪北支部入門
1995年(平成7年)3月 初段取得 10人組手完遂
1998年(平成10年)4月 二段取得 20人組手完遂
1998年(平成10年) 第15回ウェイト制  軽量級 ベスト16
1998年(平成10年) オーストラリア大会 軽量級 4位
1999年(平成11年) 第16回ウェイト制  軽量級 ベスト16
2000年(平成12年)6月 極真会館滋賀大津道場設立
2003年(平成15年)7月 新極真会滋賀大津道場へ名称変更
2005年(平成17年)10月 新極真会滋賀遠江道場へ昇格
2006年(平成18年)3月 新極真会総本部昇段審査合格
三段取得 30人組手完遂
2007年(平成19年)5月 新極真会滋賀中央支部へ昇格
プロフィール
将来になんの目標も希望も持たずにただ惰性的な生活を送っていた中学時代、ある極真空手家と出会い、その活発で前向きな姿勢に大きく影響を受ける。そして初めて高校進学という目標に取り組み、大阪府立茨木工業高校に合格する。入学後は、創部1年目の硬式野球部に入部し、3年間を高校野球に没頭する。2年生の夏、レギュラーで迎えた夏の高校野球大阪大会2回戦、対戦相手は野球の名門北陽高校。周囲の前評判は冷やかだった。そんな前評判をはね返し、試合は大接戦を演じ、1-2で敗れはしたものの、自身のファインプレーや、その食らいつくチームの姿に観客や関係者の感動を呼び喝采を受ける。高校卒業後、予ねてからの憧れだった極真会館に入門。稽古に明け暮れる。しかし、157センチ・60キロという小さな体がハンデとなり、なかなか成果を上げることが出来なかった。そんな1991年11月に開催された第5回全世界空手道選手権大会、優勝したのは小さな巨人・緑健児(現新極真会代表)だった。身長165センチ・体重70キロという小さな体で、大型外国人選手・強豪選手を次々に倒していくその姿に大きな勇気と感動を受ける。そして、その後はますます空手に打ち込んだ。体の小ささを克服するために筋力トレーニングにも励んだ。その結果、1997年8月には大阪ボディービル選手権大会フライ級(60s級)で優勝を果たす。空手修業が生んだ成果の表れだった。1998年全日本ウェイト制空手道選手権大会軽量級ベスト16(4回戦進出)、オーストラリア大会軽量級4位、1999年全日本ウェイト制空手道選手権大会軽量級ベスト16(4回戦進出)という戦歴を残し、2000年6月、情熱と姿勢を買われ大津市に道場を設立。当初は皇子が丘公園体育館の会議室を週に2回借りて稽古を行うというものだった。2003年7月、最強の武道空手を追求し、そして共に心極め、世界の平和に貢献すると言う理念を掲げ、緑健児代表の下、極真会館から新極真会へと組織名称が刷新され、それに伴い、新極真会の成長と発展に全力で努める。

 
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